鈴木その子 Story ~食の普遍性に基づく美の追求~ 鈴木その子 Story ~食の普遍性に基づく美の追求~

株式会社SONOKOを創業した鈴木その子(本名 鈴木荘能子)について、“美白のカリスマ”とイメージされる方が多いことでしょう。ですが、その子流哲学の根底にあるのは、実は「食」。生き抜くための手段「食」を研究し、人々の美と健康のために生涯を捧げた68年の軌跡をご紹介します。

1932

鈴木その子(旧姓 山中)は1932(昭和7)年、父・山中力松と母・末野の三番目の子として誕生。頭脳明晰、料理上手な父の影響で幼少期から探求心旺盛だったその子は、健やかに育ち、学習院女子短期大学食品化学科に入学。
「栄養学概論」や「生理学」などを学ぶとともに、世にまかり通っている栄養学の分析とは違う、あくまでもオリジナリティを追求した新しい価値を見い出そうとします。芯の強さと自立心を持ったその子でしたが、卒業後は親のすすめで実業家の鈴木康郎と結婚。主婦業に専念していました。

1974

幸せな家庭を営んでいたその子に転機が訪れたのは42歳のとき。実母に続いて実父が他界したことで遺産を引き継ぎ、起業の道が拓けたのです。仕事をするなら、ずっと大好きだった料理以外にないと考えたその子は1974(昭和49)年7月、銀座に新日本料理「トキノ」をオープン。店の評判は上々でしたが、その2年後に、その子にとって忘れられない悲劇が起こります。それは、最愛の息子の極端なダイエットによる事故死。誤った食事が原因で最愛の人を失ってしまったその子でしたが、ここから料理と健康の関係を研究し始め、「鈴木式(現SONOKO式)食事療法」を完成させて、多くの人に知ってもらおうと新たな一歩を踏み出しましす。「トキノ」をリニューアルし、お客様にダイエット指導。糖質はエネルギーの元となり、自分たちの生命を守ってくれるものとして、糖質をきちんと摂取する食生活を提案しました。さらにダイエット=食べないという世論を覆す“美しくなるなら食べるべき”といった独自で考案した食養理論と調理方法『やせたい人は食べなさい』を出版するとそれがベストセラーに。そして、より深い研究成果につなげるべく、事業家として邁進していきます。

1990

世の間違ったダイエットに一石を投じようと業務を拡大していたその子は、同時に巷にあふれている危険性の高い化粧品に対する問題意識が高じ、理想の化粧品をつくるべく立ち上がります。そして、1990(平成2)年にスキンケアライン「トキノコスメ」を、1999(平成11)年には「荘シリーズ」を発売。学生のときより、オリジナリティの追求に価値を見い出してきたその子は、他社の研究成果に頼ることはしませんでした。ただ、あくまでも美しい肌づくりは健康な身体づくりが基本。白肌づくりの三ヵ条を「よく寝ること」「便通を良くすること」「正しく食べること」とし、その子の化粧品づくりの根底にあるのもまた、独自の「食」理論だったのです。

1998

この頃からその子はテレビにレギュラー出演するようになり、ガングロ(顔黒)の女の子を白く変身させるコーナーで世間に幅広く認知されるようになりました。同時に「鈴木その子=白肌」イメージが定着していきます。
これまでダイエットや健康、化粧品づくりなどに取り組んできたその子は、自分の本業を「美しく健康に生きるためのすべて」と位置付けるようになり、まだ着手していなかった「衣」へも挑戦。2000(平成12)年には自身がデザインするブランドをパリコレへ出品するなどファッション事業も着々と成功を納めていました。

しかし、パリコレ出品を実現した2000年の12月、肺炎で68年の生涯に幕。その子は「生きることは変わること」そして「生きていることは、すべてにわたって変わる可能性がある」と説いています。その子は生涯かけて、食の普遍性から導き出す美へのあくなき探求心を忘れず、変わり続けながら今も人々の救世主として寄り添っています。

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